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大阪高等裁判所 昭和40年(う)358号 判決 1965年5月06日

被告人 金山こと金永

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤井信義作成の控訴趣意書記載(第一の一の主張は撤回)のとおりであるから、これを引用する。

事実誤認の主張について

論旨は、原判示第一の暴行は常習としてなされたものでない、といい、又、被告人の傷害の前科の犯行内容を知る証拠としては被告人の司法巡査に対する供述調書にその記載があるだけで他に補強証拠がないから、それだけでは常習性を認めることはできない、というのである。

よつて案ずるに、暴力常習者とは、反覆して暴力行為を行う習癖をもつている者を謂うのであるから、当該暴力犯人がその習癖を有するかどうかを判断するに当り、前科だけでこれを認定しようとする場合には、現に問擬されている暴力行為とその同種前科との間における時間の長短の外前科である暴力行為の回数やその動機、態様等諸般の事情を勘案して決定すべきものであるところ、本件について、これを見るに、現に起訴されている本件暴行は、昭和三九年九月二七日における江藤利雄と巡査渕本日出男に対する暴行であり、前科調書によると被告人には(一)昭和三八年三月二〇日の傷害罪による罰金八、〇〇〇円と(二)同年一〇月一日の同罪による懲役四月、二年間執行猶予(保護観察付)の二回に亘る同種の前科が認められるから、その形の上から考えると原判決が認定している如く被告人が暴力常習者であると見られないこともない。しかしながら、本件暴行の動機、態様と右前科である傷害行為の回数やその動機、態様等を互に比較し仔細に検討して考えると被告人が暴力常習者であつて本件暴行がその習癖の発現によつたものであつたと断定するには、なお多少の合理的疑が残り、これを払拭するに足る証拠はない。すなわち、本件における被告人の前記暴行は、原判決挙示の証拠によると、被告人が清酒四合位を飲んだうえ、実弟らと共に原判示劇場に映画観覧に赴いた際、空腹のためパンを買おうと思い同劇場内売店で江藤利雄に対し「パンをくれ」と言つたところ、丁度休憩時間となり多数の観客が同売店前に来て買物を注文したため江藤がその方の応対をしたところから、被告人は立腹し陳列ケースのガラスを手拳で叩き、更にくつてかかる同人に対し「先に来ている客をおいて後の客の注文を聞くのはけしからん、出て来い、殴つてやる」と暴言をはき、同売店内に入り同人の胸倉を掴んで小突き、同人の身体を壁に押しつけて暴行を加えたことと、その際急報により駈けつけて来た巡査渕本日出男から現行犯人として逮捕されようとしたので、ことの意外に立腹し、これを拒否しようとして同巡査の制服の襟や袖を掴んで振り廻わしたこと及び右はいずれも飲酒、酩酊による影響が多分に加わつていた結果によるものであることが認められる。他方被告人の前科をみるに、被告人の司法巡査に対する供述調書(論旨は右供述調書だけでは常習性を認定することができないというが、これを補強する前科調書もあることだし、右供述調書の記載を常習性認定の資料として何等差し支えない)によると、被告人は前記前科である(一)の傷害について「その時の喧嘩は相手方二人と私の友達三人で喧嘩をし、けがをさせ、私はそばで見ていたということで一番早く検察庁から帰して貰いました。」と述べ、前記(二)の傷害について「その時の喧嘩は私の弟が千本三条東入る日本劇場で近くの京都感化保護院に入つている不良に殴られていると電話連絡があり、私の友人三人を連れて弟を助けに行き相手側三人と喧嘩をしてけがをさせたものであります。」というのであつて、右供述記載によると、(一)の傷害は被告人において直接手を下しておらず又(二)の傷害は不良と喧嘩中の弟を助けるため犯行に及んだものであることがうかがわれ、その動機、態様から考えると、右の各行為は未だ暴力習癖の発現された結果によるものと認められないのみならず原判示の各暴行は相手方の応対の悪かつたことから端を発したものでそれに被告人の酒の酔も加わつた結果によるものであつて、その動機、態様が従前の場合と相異している上に多少短気なところがあるが平素から飲酒しては些細なことに因縁をつけ暴力犯行に及ぶ習癖があるものと証拠上認められない本件において、その習癖の一端としてなしたものとも認められない。そして前記前科である被告人の各行為と本件の各暴行行為の動機、態様等を綜合して判断し、かつ暴力行為等処罰に関する法律一条の三を設けて常習暴力行為を重く処罰しようとする立法趣旨にかんがみ原判示第一の暴行を被告人の常習性によるものと極めつけるのは少し酷に過ぎるものと考える。此の点に関し被告人の司法巡査に対する供述調書によれば被告人に昭和三二年一〇月と同三五年六月の二回に亘り暴行の非行歴があるようであるが、これとていずれも不処分又は不起訴になつたというのであつて、その内容が明らかでないから、これを取り上げて常習性認定の資料とすることができない。以上説明の如く本件の証拠だけでは未だ被告人の本件暴行につき常習性を認定するまでには至らないといわざるを得ない。従つて此の点の論旨は理由があるから、原判決は量刑不当の論旨の判断をまつまでもなく破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原審が認定した事実中第一の「傷害等の前科を有する暴力常習者であるが常習として」の部分を削除したその余の原判示事実に原判示関係法条(但し、暴力行為等処罰に関する法律一条ノ三後段」を削り、刑法二〇八条を加え、同条につき懲役刑を選択し、公務執行妨害罪の刑に基き併合加重する。)を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠松義資 八木直道 荒石利雄)

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